当ブログ『柔術旅』の製作過程を振り返るコラム「旅のしおり」、note.にて公開中!

柔術との出会い② 〜柔道家から柔術家へ〜

2015年1月の末日。

僕は警察学校を卒業しました。

都会の荒波にもまれる覚悟で大阪に出てきたものの配属先は福井とさほど変わらぬ田舎町。

冷たい冬の風が吹く中、警察署での挨拶を済ませ夕暮れの暗道を帰ったのが今でも昨日のことのように思い出せます。

−−−そしてそれから二ヶ月後。

警察署での所作をなんとなく覚えた頃合い、なにか格闘技を始めることにしました。

社会人になったら始めたいなとかねてから思っていたからです。

また、時期的にも警察学校のがんじがらめの生活を終え解放感にあふれていたので、何か新しいことやりたいなと、そんな気持ちにもなっていました。

ということで、近くの格闘技ジムを探すことに。

出てきたのは4ジムほど。

ボクシングのジムと、キックボクシングのジム、そしてブラジリアン柔術のジムです。

少し離れたところには、パラエストラ大阪もありました。

そしてその中で気になったのはボクシングジムと柔術ジム。

ボクシングジムが気になった理由としては、高校の頃ボクシング部に入ることも考えていたからです(そもそもあることが珍しかった上に強豪校だったため)。

また柔術ジムが気になった理由としては、(前の記事にも書いた通り)高校時代、寝技がおもしろくなってきたところで不完全燃焼のまま引退したからですね。

そこで、まずは徒歩10分もかからない距離にあった柔術ジムに行ってみることにしました。

目次

初めて柔術に触れた日のこと

そして体験の日。

その日のことは今でもよく覚えています。

ジムにつくとまだ人がほとんどおらず、先生と青色の柔術着を着た会員さんの2人のみでした。

持ってきた柔道着に着替え、ストレッチをしながらジムの中を見渡します。

気になったのは柔術の教則本の数々。

あまたの本がズラリと並んでおり、手に取って読んでみたい衝動にかられましたがさすがに体験に来た身分だったのでそれは自重しました。

そうしているとそのうち人がぞろぞろと集まってきて、いよいよ初の柔術体験が始まりました。

まずはマット運動。

柔道のそれとは違いすぎます。

柔道のマット運動を基準に考えているとあまりにも奇妙な動きです。

特にサイドロールとツイストの動きが見た目以上に難しく、まったくできませんでした。

なんとかごまかしごまかしで終えて、その後はテクニック。

これもよくわかりません。

今思えばあれはたぶんリバースデラヒーバからのキッスオブザドラゴンだったと思います。

初心者には難解すぎましたが、よくわからないなりに面白かったです。

そして最後、スパーリング。

一応高校三年分の柔道の経験もあったためか相手次第ではそれなりに対応できましたが、それでもまだ始めて半年の人に何もできず翻弄されてしまいました。

呆然…   という感じです。

何をされているかわからなすぎて。

とにかく、柔術の動きが当時の自分にとっては特殊すぎて、理解するのに時間がかかりました。(というか理解できなかった。)

そして、他に印象的だったこととしてはジムの雰囲気です。

当初、ブラジリアン柔術に持っていたイメージとしては、寝技がメインの格闘技というイメージの他、MMAの印象も強くあったためどちらかと言えば暴力的なイメージがありました。(過去の凄惨な光景を目の当たりにしているせいもある。)

しかし実際に行ってみると格闘技のジムであるにも関わらず思ったよりも和やかな雰囲気で。

なによりみんな楽しそうに練習している。

それがとても印象的でした。

これは、おもしろいかもしれない。

が…

その気持ちに素直に従っていればこのとき柔術を始めていたことになりますが、実際に始めたのは結局その2年後になります。

では、なぜこのとき始める決心ができなかったかと言えば、その原因は警察学校時代の経験にありました。

やる前からあきらめた過去

話の主旨からそれるので簡単にだけ説明をします。

警察学校時代、周りの柔道家は小さな頃から習っていたかなりガチな人が多く、その中で高校の3年間だけやっていた僕はとてもいづらさを感じていました。

同じ黒帯と言ってもやはり実力の差は大きく、何より体育会系のノリがすごく苦手で。

また、特に先輩からちゃんと教えてもらったわけでもなく我流でやってきた為キレイな柔道ができず、それで先生から特別厳しく指導を受けることも多々ありました。

そんな経験から、もう柔道はイヤになってしまっていたんですよね。

そういった理由から、柔道の影がうっすら残る組技格闘技・ブラジリアン柔術をやっても、

「おもしろそうだけど、どうせ俺には向いていない。強くなんてなれない。」

そう思ってしまったのです。

そんな根拠のない理由でまだ始めてもいないのに、僕は柔術をあきらめました。

寝技に対する情熱の再燃

それ以降、柔術のことは忘れ、また別の道場やジムを探すことに。

もう一つの候補だったボクシングも数カ月間だけやってみるも、実際やってみると相手をボコボコ殴ったりするのは性に合いませんでした。

さらにジークンドー、過去経験のある少林寺拳法なども見学・体験をしてみるも、やはり結局始めるには至らず。

結局、何かやろう、何か始めようとは思うものの、何を始めるでもやるでもなく、時間だけが過ぎていきました。

−−−それから月日は流れ、警察柔道大会(警察署同士の対抗戦)の時期になりました。

署内で選手の選抜がなされ、一応は経験者であったため僕も選抜メンバーに。

小さい署であったので選抜の人数も少なかったですが、それでも5人のレギュラーの中には入れませんでしたし、練習では毎日あいもかわらずボコボコにされました。

先輩上司ばかりで指導も厳しく、改めて自分の弱さを痛感したこともあり、正直イヤな毎日でした。

…しかし、他の署での練習でのこと。

寝技の乱取りをしていて、立技では全然勝てない体格の大きい相手に勝てたことがありました。

また、他の人とも寝技ではわりと渡り合え、「よく練習していますね」と言ってもらえたことも。

実際所属していた署は立技志向だったのであまり練習はしていませんでしたが。

さらに、同じく選抜メンバーの主将からは

「(選抜の若手の中では)寝技はお前が一番できる。」

と言ってもらえたこともあり、特に取り立ててほめられたわけではありませんでしたが、それがとても嬉しかった。

イヤになっていた柔道で、唯一評価された、“寝技”

ほめられる経験が重なって、そのうち自然と、

「また寝技やってみたいなぁ。」

と、そんな気持ちになっていました。

福井ブラジリアン柔術クラブへ

それから数ヶ月後、ぼくは警察官をやめました。

退職後地元に帰り、警察学校卒業時と同様この機に何か新しいことを始めたいという気持ちになっていて、そこで思いついたのがブラジリアン柔術でした。

理由は、先述の通りです。

そして、早速調べて県内唯一のブラジリアン柔術サークル、福井ブラジリアン柔術クラブに体験に行くことにしました。

そして体験の日当日。

その日のことは今でもよく覚えています。

柔道着を持ち、雨が降りしきる中買ったばかりのバイクに乗って家から遠く離れた越前市武道館を目指しました。

時間ギリギリに到着。

入館料を支払い急いで柔道着に着替え、武道場へ。

代表含め5人ほどがすでに準備運動を始めていました。

そしてそんな中に、彼はいました。


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この記事を書いた人

Yoshiのアバター Yoshi 筆者

ブラジリアン柔術歴6年。現在紫帯。
21歳のときに地元福井でブラジリアン柔術を始める。その後は国内外を転々とする中で各地のジムに所属し大会に出場。現在は東京を拠点に日本各地に赴き大会出場及び出稽古を重ねる。

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